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第3回平和省地球会議報告会(2008.10.11)の概要

                       (会議実施は、2007.9.22〜2007.10.3:オプショナルツアーを含む)
                      (報告書はこちら

◇日時:2008年10月11日(土)  15:30ー18:30(開場15:15)

◇場所:PA/F SPACE(パフスペース)
      東京都新宿区馬場下町18 フェニックスビル3F TEL 03-5991-6117

◇交通:地下鉄東西線早稲田駅下車、馬場下口(2or3b)より2分
    馬場下町交差点を文学部方向(左)に曲がり3軒目ビル (1F DoCoMoショップ、2F 喫茶店)

◇報告者:きくち ゆみ、中川 英明、彦坂 諦、やよし 洋子、他

◇司会:今村 和宏

◇プログラム:15:30ー17:30 報告「平和省地球会議」
       17:30ー17:40 休憩
       17:40ー18:30 質疑応答、ディスカッション

◇主催:平和省プロジェクトJUMP


◆平和省プロジェクトJUMP(Japan United for Ministry of Peace)の二つの目的

1.平和省(戦争から家庭内暴力に至るまで、あらゆる争いごとを暴力を使わずに解決する政府機関)を作ること
2.「平和の文化」を育て、広めること

◆2007年9月に行われた平和省地球会議は、平和省創設運動に各国で取り組む団体の国際的集まりとして、3回目。

 2005年 第1回目 ロンドン 日本からは2名が参加。
                 平和省プロジェクトJUMPは、まだなかった。
 2006年 第2回目 カナダ  日本からは平和省に関心をもつ6名が参加。
                 第3回会議の日本開催が決まる。

 第3回の準備期間1年間、月1〜2回の国際電話の会議をして内容を詰めた。

◆「平和省地球会議」の目的

 国際的な差や経済的な差がある中で、国際的に運動を高めるために互いの経験から学びあう場。
 基本的には一年に一度(※)、開催。
 具体的には、創設運動を盛り上げていく運営上の課題、参加者の能力アップのトレーニング、情報・意見交換。
       (※2008年の会議開催は見送りとなり、次回は2009年にコスタリカで開催予定)

◆会議の参加国

 1回目 11か国
 2回目 19か国
 3回目 27か国から応募。21か国が参加。アフリカからの参加が増えた。
        ブラジル、カナダ、インド、イスラエル、フィリピン、ネパール、パレスチナ、ルーマニア、
        ニュージーランド、オーストラリア、ルワンダ、セネガル、南アフリカ、イタリア、コスタリカ、
        アメリカ、ウガンダ、イギリス、日本、香港(中国)、パキスタン が参加。

     カメルーン、シレラレオネ、ガーナ、コンゴ、イラク、ソロモン諸島
     は参加を予定していたが、ビザが発給されなくて来こられなかった。

◆会議参加者のビザ取得への支援

 ガーナの大使館にいった西アフリカの人たちはビザがとれた方が多い。ケニアの大使館で
 申請した東アフリカの方々は取れなかった方が多い。
 紹介状をたくさん作ったが、ビザを発給してもらえるどうかは大使館の担当者の判断による。
 ビザを取る参加者と連絡をとり、大使館用の日本語の書類(参加者用に英語の訳をつけて)を
 作った。JUMPの印鑑や趣旨、規約も必要だった。数人で担当した。日本政府の対応が、
 欧米人とアジア人やアフリカ人では違いがある。

◆出迎え

・日本という国はひどい。アジア、アフリカの人は入りにくい。
 また、参加者の到着予定もなかなか決まらない。こられない人も居る。
 日本人も外国の方に親切にすることには慣れていない。そのためもあって出迎えは必要だった。
・出迎えにあたっては、ボランティアは、なかなかそろわなかったが、最終的にいろいろな
 人たちに協力いただいた。
・成田空港は、出口がたくさんあり、いろいろな国から一度に、顔も知らない大勢が来られると
 出迎えは大変。
 成田ではなく羽田に着いて、急遽、迎えを頼むこともあった。出迎えは苦労が多かった。
 ただ、一人ひとりのボランティアが最高のホスピタリティーを発揮してくれた。あらためて
 お礼を言いたい。

◆セレブレーション・コンサート

・Aska(飛鳥)さんと友人の方たち、Yaeさんがコンサートを行った。
・各国の参加者の紹介も行った。
・地元の和太鼓を演奏するグループの出演もあった。

◆チームワーク

・決まり事はあまりないから、ボランティア精神が基本。
・決まっていないことが多かった。綱渡り的に進んでいた。
 綱から落ちずによくやれたと思う。みんながキャパシティを超えて働いてくれた。

◆会議の運営

・会議の最初に歌を歌った。お互いの声を聞きあうことが平和の最初。
・NVC(非暴力コミュニケーション:ファッシリテーターはミキ・カシュタンさん)を使ってやった。
 そのために普通の国際会議とは違い、紛糾せずに議論できた。「平和の文化」の伝え手として
 穏やかでスムーズな議論になった。 
 ミキ・カシュタンさんは平和省創設運動と基本的には関係の無い中立の人。
 語り方はソフト。人の話をよく聞く。

◆オープンスペース・テクノロジー

・会議の最後に、オープンスペースという方法で会議の締めをやった。
 これは、参加する人みんなが自分のテーマを書いて出す方法。「わたしはこのテーマで
 話したい。ここのスペースに集まってください」ということを書き出す。人が集まれば議論に
 なるし、人が集まらなければ、そのテーマは無し、になる。
 誰もが一番、話したいテーマに参加できる。大きなテーマは、「これから平和省活動をどうやって
 活性化するか」とした。
 全員が解決法を模索できる方法なので、これからも使える方法だと思う。
・日本からは、会議に数名が参加。事務局の人は、報告書の編集の作業に携わってから初めて
 会議の内容を知ることが多かった。

◆映像・写真による記録

・雰囲気は味わえたが、英語がわからなかったので何を話しているのか、わからなかった。
 セレブレーション・コンサートとカントリー・レポート(各国の報告と議論)、テーマ別の分科会
 を記録した。
・セレブレーション・コンサートは参加者が少なくて寂しかった。演奏は素晴らしかった。
・第2回の国際会議に続いて今回もインタビューを撮った。
 編集時などに勉強不足で英語での会話の内容がわからなかった。
・東京シンポジウムでは、すべてをプロの方に撮ってもらったので、ホームページで、ぜひ
 見てもらいたい。
・また、写真もタナカヒロコさんがたくさん、撮ってくれた。

◆カントリー・レポート

・カントリー・レポート(報告書8ページと別紙※)とは、会議が始まる前に自分たちの国の
 平和創設運動がどうなっているかを まとめたもの。まとめると、かなりの分量になった。
 別紙をもとに説明すると、左から、国、グループ名、人数(10〜100人)、イベントへの
 参加者数、国の中で平和省創設に関わっているグループの数、政治家や政党との関係。
 市民運動だけではなく、多くの国で政治家が関わって真剣に取り組んでいる。
 (N/Aとは「該当なし」ということ)
・平和省や平和局がすでにあるのは、ネパール(平和復興省)とソロモン諸島。フィリピンにも
 国内での平和に取り組むところがある。
 コスタリカでもまもなく、「法務平和省」ができる予定。
 アメリカでは何度も「平和省」法案が出ている。下院議員435名中、約80名が共同提出者
 になっている。

◆会議について

・クローズドな会議(各国、最大6名、平和省設立を目指す活動が行なわれている国の集まり)
 会議参加者は約50名(英語がしゃべれる人を日本人の代表として6名)+事務局多数。
・会議費は300ドル。(宿泊費は別)

◆会議の内容について

・表紙の裏側に目次がある。本会義の中に「分科会レポート」がある。
 「メディア広報の実際」(マスコミへの働きかけ)、「トランセンド分科会」(平和的な
 コミュニケーションの方法)、「平和大臣の具体的なイメージ」、「ガンジーの非暴力を
 政治の中に具現化する」、「ユース(若い人たち)の会議」、「NVC(非暴力コミュニケーション)
 の分科会」
・一例として12ページに、「平和大臣の具体的なイメージ」でのワークショップのやり方を
 紹介すると・・・
 輪になって心を静める。リラックスする。
 「あなたが平和大臣になって1年経ったときの気持ちをあらわしてください。どんな気持ち
 でしょう?どんな映像が思い浮かぶでしょう?発生したこと、難問はなんでしょうか?」と
 いう質問が出され、各自、思い浮かぶ点を書き取って発表した。
 その中で、共通のものを取り上げて、典型的な平和省や平和大臣とはどういうものだろうかを
 考えた。
 出てきた意見はこのページの右の欄をご覧ください。残念ながら時間内で平和省の典型的な
 結果は出なかったので、後でまとめることになった。

◆NVC(非暴力コミュニケーション)

・たとえば「メディア広報の実際」という分科会では、アメリカのNVCの専門家に会自体の
 進行を助けてもらいながらやった。報告書の15〜16ページに載っている。
 NVCは、マーシャルローゼンバーグという人が提唱したコミュニケーションの方法。
 2つの報告が載っているが、違った立場から書かれているので、両方の報告を載せさせて
 いただいた。

◆おもてなし

・事務局としては、参加者へのもてなしを行った。ティータイムをもったり、市民グループ
 「元気力発電所」のみなさんが、手作りのものを届けてくれた。山から新鮮で自然の水を
 運んで届けたりもした。
 会議が進むにつれて体調が悪くなる方も居て、「リンゴや野菜が食べたい」という声があり、
 探しにいくこともあった。
・会議の参加者は50人くらい。
・英語ができないので、満面の笑顔で迎えようと思った。会議参加者のみなさんはお疲れで、
 休憩時間には地域の方が作ってくれた手作りの品があっというまになくなってしまった。
 地域の方々とも仲良くなれたが、その後の交流が続いていないことが残念。

◆事務局の仕事

・裏方。会議に関わるあらゆること。チームワークの良さで乗り切った。
・出迎え、セレブレーションコンサートのボランティア対応。夜に一度、ミーティング。
・常駐スタッフは数名だった(時間によって出入りがあった)
・プレゼント(お箸袋:手づくり)も準備した。

◆会議期間前の作業について

・5〜6回くらい事前準備をもった。ただし、思っていないことが起きる。結果的に、会議参加者も
 含めて対応した。
・遅れて会議に参加する人がいた。
・日本を深く知りたいという意味から、ホームステイの希望も多くあった。
 木更津の土地に、国際交流に慣れていた人が居て、海外からの受け入れの下地があったため、
 うまくいった。
 会議が伸びることがあったが、ホストファミリーの電話番号を把握していなくて連絡できなかった。
・事前の打ち合わせをもっとやればよかった。
・おもてなしの心でもったようなもの。ボスが居ないのに、よくやれた。

◆会議中の作業について

・会議にあたっては、どの部屋でなにが必要か。機器の手配や部屋の手配などが必要になる。
 はじめてのことだったので、例えば、プロジェクターが当日に必要になったり、予想外の
 ことも起きたが、チームワークの良さで結果的にはうまくいった。
・スタッフ同士の付き合いもよかった。

◆リタさんや参加者との交流

・リタさん(コスタリカ)は、高橋てる子さん(木更津市議会議員)の家にホームステイされて
 いたが、高橋てる子さんから、「今だったら堂本知事と電話で話せる」という連絡があり、
 なんとか、間に合わせることができた。
・リタさんに聞いた話によると、法案の提出時は、状況をよく見て、緻密な下準備をやって
 きていたが、「タイミングを見てさっと出した」という話だった。事務的なスタッフは、
 ほんの数人だという話だった。
・また、リタさんに平和省創設運動に大切なことは何ですか?と聞いたら、以外にも
 「ファンドレイジング(資金的な下支え)」が一番、大変だったとの答えがあった。
・リタさんは、コスタリカのアリアス大統領とも懇意で、コスタリカでも平和省法案を
 去年から出しているが、経済的な問題などもあり、今は審議に入っていけない状況にある。
 来年はコスタリカで地球会議が開催されるので、世界的にも注目される。

・ルワンダの方からビデオカメラがほしい、ということで買いに走るということもあった。
・ビザが出るのが遅れたことにより、会議に遅れて参加する方(パキスタン)がいた。
 ホテルが満室であったことから、英語がしゃべれない藤野さんと同室になった。
 片言英語でなんとか、しゃべり、もうすぐ赤ちゃんが生まれる、とか。
 ゆかたが用意されていたので、ゆかたで2人で写真を撮ろうという話になり、
 別のスタッフをつかまえて、撮ってもらった。ひとつの思い出になった。
・参加者は50人にもなり、一式が70ページにもなる資料の印刷が大変だった。
 会議が始まってからも、パソコンを数台、持ち込んだが、いろいろな要求があって印刷が
 大変だった。

◆インタビューの紹介

・時間が無いので3人だけ、インタビューを紹介。
(フィリピン、ルワンダ、イスラエルの方たち)

(インタビューの補足)
・フランソワさんはルワンダの国会議員で、国内は長い間、内戦状態で紛争に
 うんざりしている。国会議員の人たちも平和省をつくろうとしている。
 平和のことを考える人は、いろいろな省の中に部局レベルではいるが、バラバラに
 小さなものが存在するだけ。それらを一つにまとめて、各省をコーディネートする
 「平和省」が別に必要なのではないか。
・フィリピンでは、ミンダナオの長い紛争の中で、やっと和平への道について政府側と反政府ゲリラ
 とが今回の平和省の会議で話し合う場ができた。日本の会議でそれが行われた、ということの
 意味はあった。
 ただ、反政府ゲリラ側の人は、会議に出るだけで、裏切り者としてみなされてしまうため、
 写真やビデオでも顔をだせない。名前も仮名。
 政府側と反政府側の調停者が居て、反政府側の人は、グローバルアライアンスとは直接は
 連絡をとらず、調停者経由で連絡している。

◆平和省グローバルアライアンス

・「平和省創設運動」にかかわる世界各地のグループや個人が集まってできた世界的な組織。

・市民活動や平和活動にかかっている方は実感できるかもしれないが、いくら目的が「平和」
 を謳っていても日々の活動の中では、すべてが平和に進むとは限らない。
 また、組織の構成の仕方にしても、従来型の組織では、ピラミッド型の組織であるため、
 もめごとが起こった時にどうするか、プロセスが重要。
 平和の方に向って、対話でもって争い事を解決していこうとする、姿勢自体、プロセスが
 「平和の文化」。「平和の文化」は、紛争がない世界を想定しているのではなく、
 そちらに向かうプロセス、考え方、姿勢を指している。

・「グローバルアライアンス」の運営方法
 20ページに書かれている。「基本原則」のキーワードを述べると、
 「善意」「非暴力」「協力」「傷つけないこと」「明晰性と単純性」「相互関係性」「包括性」「理解」
 「正直なコミュニケーション」「平和の文化を生きる」「責任とリーダーシップの共有」

 グローバルアライアンスは、こういう基本的あり方で運営されてきたが、昨年の会議で、
 これでも「平和の文化を実現するには不満が残る」という議論があった。
 それは、普通の組織と同じように、事務局があって、運営委員会があって、一般の人たちが居る。
 それでは、普通の組織と変わらないじゃないか、という議論。
 それを変えるには、ピラミッドではなくて、フラットな形で、みんなが対等なようになる
 運営はないものだろうか。

 効率優先のためには、ピラミッド型になりがち。一極集中型を超えていく組織にしていくことが
 「平和の文化」を広めようとする場合にふさわしいのではないか。「組織運営のワーキング
 グループ」で、そういう問題提起があって、オープンスペースという形のたたき台が用意
 され、全体会で議論された。会議がおわってから、さらにインターネット上で議論され、
 最終案が21ページのような形に決まった。組織として、固定的にエリートがいるような
 状態にしないということ。
 プロジェクトを中心にリーダーシップを取る。ひとつのプロジェクトが終われば、また、
 別のプロジェクトが発足。別のメンバーが議論。固定はしない。
 まとめ役は「フォーカライザー」。プロジェクトは、ひとつの「機能」。
 具体的には、「情報共有」「新・旧キャンペーン支援」「地球会議・地域会議の準備」
 「訓練と能力開発」「コミュニケーション組織」「対外コミュニケーション」「長期計画立案」
 「ユース組織」「信頼性と正当性のチェック」「国連対応」というような機能があり、それについて
 グループを組んでやっていくことになった。
 
 「注」をご覧いただきたいが、最初から一極集中で、エリートだけが全てを引っ張っていく、
 ということでは個々人の要求を押し殺している部分があり、組織の形態自体が個々人の
 在り方を制限し、傷つけている。そのようなものを「構造的な暴力」と呼ばれることがある。

◆事務スタッフ向けのワークショップを別立てで持った。

・日本人向けワークショップは、30〜31ページに載っている。
・本会議中の22日〜23日の裏で、スタッフ向けワークショップを持った。
 講師は、JUMPの中から彦坂さん、大塚さん、冨田さん。
 また、コスタリカからリタさんが、コスタリカで実践しているピースアーミー法
 (NVC+ハートマス※)というコミュニケーション法を紹介してくれた。

  ※ハートマス:私たちは脳で考えていると思っているが、心の感情の方が脳の方に影響
    している。平和的で穏やかな状態をつくることによって、創造的な解決方法を脳のほうに
    生み出す状態をつくることが可能、という考え方。

・彦坂さん、冨田さんともに日本中で講演をしている方。冨田さんは六ヶ所問題に深く
 関わっている。
・大塚さんが話してくれたのは、日本で平和省を提唱した伊藤隆二さんという方の紹介。
 伊藤さんの平和省構想の元となった思想が「国家エゴイズムと国の理想」。1946年
 くらいから始まっていた。
・「国家エゴイズムと国の理想」を是非、広めたいという大塚さんの思いで、一部、英文に
 したものを急遽、参加者に配るということになった。
・大塚:日本にも、みんなで「平和省」を作ろうと構想した人がいる。平和省プロジェクト
 JUMPのホームページに載っているので見てほしい。
 これに関連した本「国の理想と憲法」の英語版が今年の5月に出た。会議参加者にも
 事前にご案内したところ、買ってくださって、よかった、という反応が届いている。

◆NVCワークショップ(一般の日本人むけ関連企画)

・アメリカの平和省創設団体・ピースアライアンスの顧問的な役割をやっている方で、
 NVC(非暴力コミュニケーション)という方法を助言している、ミキ・カシュタンさんと
 いう方が今回、地球会議にいらっしゃった。
 その機会をとらえて、NVCについて学ぶ機会を日本の一般の人も持てないか、ということで
 東京で2日間、催した。

・NVCとは何か?「平和の文化」をつくる具体的なやり方のひとつがNVC。
 自分が何かやってほしいことがあるときに、誰かに「お願い」と「ありがとう」をどう上手に
 言うか、っていう言語である、と創始者のマーシャルさんが言っている。
 お願いする時に「すみませ〜ん。おねがいしま〜す」とだけ言われても、何をお願いされて
 いるのかわからない、から私としては、どうすればいいのかわからない。言われた人が
 「こうすれば頼んだ人がハッピーになるのだな」という動機づけも大事だし、具体的に
 「なにをやればハッピーになれるのか」を教えることも大事だと思う。
 NVCは、具体的なサジェスチョンがいっぱいあって、しかもシンプルな法則に基づいた方法
 だと思う。個人同志から組織運営まで対応できる。

 さっきあった映像のように、会議で歌を歌っていたり、踊っていたりもする。
 有機的な、人間同志が立場とか役割を持っていたとしても、そこに居るのは人間なんだ、
 という考え。結果としての解決よりも、人間同志のつながりを、一番、重視する。
 人間も生き物だからいろいろな欲求もあり感情もあるが、義務感のエネルギーではなく、
 喜びとしてやれる、これをやると、自分と相手の人生が楽しくなるぞ、というエネルギーで
 やると、自然と歌ったり、踊ったりが出てくる。そういうものが出てくる環境でこそ、
 むしろ難しいことでも、きちんと本当のことが言える。つながり、有機的な、ということを
 要求する。
 その辺が既存の会議と違うところ。だれでも学んでいけば、そういうことができるように
 なる。その辺がNVCの面白いところ。
 JUMPの方々の中でも数名の方たちは、NVCに興味をもって取り組んでいる。

Q.「すみませ〜ん。おねがいしま〜す」の代案は?
A.「おかけくださ〜い」「お席にお戻りくださ〜い」
  聞いていない人がいる場合には、聞いた人が次の人に伝える形で伝わる。
  それに、私はお願いを受けたかった。助けたいのに助けられなくて困ってしまった。
  そこで、何をしたらいかを教えてもらいたい。

◆代々木オリンピックセンターでの事務局活動

・本会議の後だったものだから準備が遅れ気味だった。
 会議に参加される方の国会記者会見用の宿泊場所、NVCにこられる一般者用の宿泊場所
 にもなっていた。
 現地で、宿泊場所が離れていることなどがわかり、部屋の組み換えを行ったり、翌日の
 ツアー出発のためのアテンドなどに人手が必要になった。
 また、代々木オリンピックセンターではホテルと違い、自分でシーツを取り換えたり
 しなくてはならないことからくる、様々なエピソードがあった。

◆国会記者会見

・国会記者会見に向けてのチラシをもって、事前に、3人で全ての議員を訪ねた。
 かなり、いい反応があった。
・国会記者会見については報告書の24〜25ページ。
・参議院議員会館で行った。野党はほとんどの政党の方がきてくれた。与党が少なかった
(秘書の方は来てくれた)。
・地球会議に各国から参加した50名全員が入れればよかったが、国会の部屋に中に入りきれ
 なかったため、各国から比較的、 取り組みが進んでいる国を中心に23名が参加。
 アメリカ、ウガンダの国会議員、フィリピン、ネパールなど。
・記者会見では、「平和省というアイデアを初めて聞いた」という方が多かった。興味を持つ方
 も多かった。ただ、その後のフォローアップをしていないので、報告書ができたこのタイミングで、
 その時、来られた方に報告しようと思う。記者の方も何人か、こられていた。
 (記事にはならなかったが。)
・「平和省」という考え自体が斬新で新しいもの。各国に国防省や防衛省とか、武力を使って
 解決する政府機関はあるが、創造的対話を政府機関でやろうということが、これからの
 地球社会にとって重要だと思う。
・議員の反応は、「自分の政治信条に合う部分がかなりある。ただ、今の日本の政治状況を
 考えると、道のりは厳しい」とい方が多かった。
 しかし、ほとんどの人は無関心で、「平和省」という可能性すらご存じない。
 「平和省」や局ができた国がある、という実例がある。それを知った瞬間に、もしや、
 という気になってくる。
・アメリカで軍隊の中の暴力はすごい。軍隊自身が「この暴力を何とかしなくてはならない」
 という危機感を持っている。
 軍隊の中に「平和省」に興味を持っている方々がいる。皮肉だが、軍隊を機能させるために
 必要だ、という方もいる。
・全党に関わる「超党派の運動」にしていきたい。
・一般の人たちの中でもこういう考えがあるということが共有されるようになってくると、
 あらゆる党の議員が関心を 持つようになってくる。
・JUMPでも、「平和省法案(骨子)」を作っていくことで、足腰を固めていくことが必要。

◆東京シンポジウム(テーマ:平和省ができた世界の未来)

・報告書26〜27ページ。
・平和省地球会議そのものは参加メンバーが限られていた。「東京シンポジウム」は、
 そこでの成果を発表する場。
 しかし、パネルディスカッションが十分にできなかった。
・ただ、ウガンダやインド、フィリピンからの参加者の発言は、相当、中身の濃いことを
 言っている。
 フィリピンからの参加者は、「平和省」につながるような部局はできたが、まだ、規模が
 小さいと言われている。そのため、大きな問題の解決には対応できない。
 ルアンダの参加者は、「ルアンダのみならず、紛争は深刻。このため、今回の地球会議の中で、
 アフリカの参加者たちがアフリカのアライアンスをつくった」と言われている。
 深い議論はできなかったが、これから、いろいろな形で知ってもらう広報活動の必要がある。

◆東京シンポジウムでの、中川の発言要旨(報告書28〜29ページ)

・1989年にベルリンの壁がなくなり、1990年代にユーゴやルワンダで大事件が起こり、
 冷戦構造が終わる。
 そういう中で、ユネスコを中心に「平和の文化」の研究が進んだ。
 21世紀になるときに、国連では「ミレニアム開発目標」、2000年を「平和の文化国際年」と、
 位置付けた。
 それから8年。国連加盟国は「平和の文化」を確立して広めるための努力をしているはずである。
・ヨーロッパでは30年後、50年後に世界がどうなっているべきかを考え、そうなるためには今、
 何をするかを話すことが多くあるが、日本政府は、今はこうで、こう変えたら対応できるという
 小手先のことが多く、10年後のことは、あまり話さない。
・今は「暴力の文化」で動いている。紛争があれば、軍隊(暴力)を使って紛争を収めようとする。
 管理し、支配することでうまく物事を回すことも、現在のように暴力の文化の中で行われて
 いれば暴力行使の一形態でしかない。逆の方向を目指すものとして「平和の文化」がある。
・自衛隊の隊員募集広告で、キャッチフレーズが「平和を仕事にする」というものがある。
 「国防(防衛)を仕事にする」ならわかるが、「平和を仕事にする」は変だ。武力(暴力)を
 使って平和を作ろうとすること。
・「平和省」の「平和」とは、防衛や国防とか安全保障とは異なる。
・本当の意味での「平和」「非暴力」を扱う政府機関は、他の国にも無いし、日本にも無い。
 国連にはあるが、「平和の文化」を日本で受け取って実際に政策として展開していく政府機関
 がないから、放っておくようなことになる。
・「文部科学省」(ユネスコ担当)の中に「平和の文化」の文書の翻訳はあるが、平和局とかは
 無い。
・既存の省庁の仕組みは、縦割り。今の仕組みのままで「平和省」を作っても意味は無い。
 平和省は横の仕事をすべき。既存の役割ではなく、政府の仕事のやり方を変えることも視野に
 入れて考えることが必要ではないか。
・平和省は上ではなく、真ん中の方が良いと思う。上にすると「暴力」になってしまう。

◆ツアー(参加者の一部がオプショナルで参加)

・「記者会見」と「東京シンポジウム」の翌日に、新幹線で京都に向かった。日本まで来て、
 広島、長崎、沖縄も見ないのはもったいない、という意識があって実現した。ただ、経費の面が
 あり、第三世界の方(9名)については、みなさんの寄付をもって支払った。

・東京から長崎までのツアーアテンダントとして参加した。多い時は28名で、各人の荷物も
 多く、移動は大変だった。スケジュール的に時間がきつかったため、自由時間が少なく、
 移動中も次のところの打ち合わせのためにペーパーワークを依頼することもあった。
・広島で、ウガンダの方が「日本に来て、道端とかで人々が言い合ったりするのを見かけることが
 なくて驚いた」というのが心に残った。私たちがふだん当たり前と思っていることが当たり前
 ではない国があるんだ、ということを忘れてしまっていると感じた。日本人は、平和を実現する
 役割を担える民族なのではないか。私たちは血を流さなくても、すでに憲法9条を持っているの
 だから、それを使いさえすれば、国内でも他の国にも平和を伝えていけるのではないかと思った。
・多人数で外国人の方々が移動していたため、かなり目立った。「これはどういう団体ですか?」
 と聞かれることもたびたびあって、「実は平和省プロジェクトというものがありまして・・・」
 と思いを伝えられた。長崎でも、そうやって話をした人が「長崎シンポジウム」に参加して
 くれたので、小さな一歩からでも次の人に繋がっていく希望を感じた。
・インドの方が、「日本人はすでに内に静かな平和を持っているよ」とおっしゃっていた。
 日本人であることはすごく責任があると自覚しつつ、楽しくアテンドができた。
・京都や広島、長崎の会議でも歌ったりダンスをしたりした。平和に対する思いは国が違っても、
 言葉が違っても同じだ、私たちは地球の中で平和を求めている同じ家族だ、と実感した。

◆全行程を紹介してきたが、この報告書をつくるときの編集長は、やよしさん。
 デザイナーは、白岩さんでした。

◆コスタリカについて(杉浦さん)

・「コスタリカに学ぶ会」(市民でつくるグループ)の事務局長をやっている。
・コスタリカでは国の中の内紛がもとで1949年に、「軍隊を放棄する」と憲法12条で明記した。
 コスタリカでは64年間、本当に軍隊を持たないことを続けてきた。
・軍隊を放棄するのは、たまたまだった。内戦の中で血で血を洗うようなことがあり、それに
 懲りて、放棄するとしてしまった。
・軍備に当てていた国家予算を福祉と教育に回してきた。思いのほか、うまくいった。
 みんなが幸せに暮らせた。国家予算の30%が教育についやされていた時期(現在は20数%
 ですが)もある。
・平和教育が進み、命を大事にする教育が進んだ。今、コスタリカの方に聞くと、「自分たち
 は軍隊を持っていない。戦うつもりも無い。だから、どこからも攻めてこないよ」と言う。
・日本は違う。同じような時期に、おなじような憲法を持ったにも関わらず、実質的には軍隊を
 持っている。
・日本とコスタリカでは、地理的環境も違う。経済状況も違う。でも「実際に軍隊を放棄して、
 命が大事。戦わない気持でいれば、攻めてこない」という強い信念に導かれている国がある
 のであれば、それをみならって、それを旗印にして平和のために勉強していこう、という気持ち
 でやってきた。
・コスタリカでは、大統領は1期だけだった(近年変更になった)り、世襲制に制限があるなど
 政治の腐敗に対して厳しい。
・紛争があれば、そこの近くへ出かけていって解決のための努力をする。つまり、平和を
 あっちこっちで種をまいていく。世界に中でも、理性のある国として尊重されている。
・外交には機敏。たとえば国際刑事裁判所をつくる条約が出来た時に、60か国賛同があれば
 作ろうという決議があった時に60番目に手を挙げる。
・イラク派兵の時に当時の大統領が「アメリカに賛同する」という署名をやってしまった。
 「わたしたちは軍隊を持たない、戦争はしない、と言っているのになぜ賛同したのか」という
 多くの国民の批判の声があった。大学生の青年が憲法裁判所に「これは違憲だ」と申したてた。
 裁判所も違憲だと判断し、最終的にホワイトハウスの賛同署名からコスタリカの国名を抹消
 させた。
・「平和省」の話は、ある意味国家的な施策。私は弁護士の仕事をしている中で、夫婦の不和、
 親子の不和、学校内でのいじめ、職場でのセクハラ、パワハラ、毎日、紛争を目の当たりにし、
 平和のための試みを実践する場は、すぐにでもある。
 ここで平和と言いながら、家に帰ったら奥さんに暴言をはくような状態ではいけないだろう。
 あるいは子供にどなりつけるような お母さんであってはいけないだろう。裏表の無い形で
 いろいろやって、「仲良くすることが快感」だっていうことを味わう国民が増えていったときに、
 国会で、平和省づくりの法案が出た時に、多くの人がそれを支持していれば通っていくはず。
 働きかけは双方から行っていくことが必要だと思う。身の回りのところから平和省の精神を
 作っていけるのではないかと思います。

◆まとめ

・「平和の文化」を広めていくためには、自分自身が「平和の文化」を実践する、ということが
 なければならないと思う。「あんな、きれいなことを言っているけど、自分自身、ダメじゃ
 ないか」と思われるようでは、広めていけない。
 なかなか、たいへん。いきちがいもある。それがあった時に、穏やかに解決することが
 「平和の文化」ではないかと思う。実践の中で学んでいくことにしたい。

                                                      以上