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勉強会(第5回)
「真実・平和達成・実現の道」



講師  吉田 収 氏

日時  2008年7月6日(日) 午後2時から午後4時頃まで

場所  東江寺 阿弥陀堂

    〒125−0041
    東京都葛飾区東金町2−25−12
    TEL 03−3607−0530

交通  地下鉄千代田線接続/JR 金町駅下車 徒歩10分

地図
http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/jiinmp/mp1toko.gif
http://www.nakayamasekiryo.co.jp/main/img/kanto/pdf/jiin/toukou-ji.pdf

参加費 無料(JUMPへのカンパを受けつけます。
       資金不足のおりよろしくお願いします)
参加の申し込みは、この勉強会の世話人 大塚卿之   


真実・平和達成・実現の道


1.最近の経験


 5月24日から26日までヒロシマで63カ国約300人参加の「子供のための諸宗教地球ネットワーク」の第3回フォーラムに参加した時の経験を先ず報告します。
 夜遅く用意されたホテルに着きそこの中華料理店で五目麺を注文したのですが、立派な部屋と料理に、餓死する子供達のことを想い、涙が止め処なく流れました。
 何時も「共(友)」である事を言っていながら、実際には彼等を差別しているのだと判ったのです。
 この事を会議の席で報告し、皆さんは「有難う」、「勿体無い」は知っているでしょうが、「頂きます」と「諦める」という日本語も憶えて欲しいと頼みました。‥‥尊い命を頂いて生かされていること、明らめるから諦めるのだということを。
 すると司会者は自分の家では何百頭も牛を飼っており、殺して食べるのを何とも思わなかったと言いました。そこで被害者、犠牲者の立場に立つ事が平等の基本で大切だと申しました。

 会議の初めに原爆犠牲者に黙祷しましたが、原爆資料館を巡って、「エゴはエコともエシック(倫理)とも両立しない」と覚りました。原爆や温暖化などの問題もエゴの問題だと会議で指摘しました。

2.ガンジーの実験


 ガンジーは自らの人生を「サッティアーグラハ」(真理把握というより真理抱擁)と「アヒンサー」(非暴力というより不傷害)に懸ける実験としました。この両者は不可分で暴力、傷害は真理を無視、冒涜するもので、真理は暴力を必要としません。インドの国章は「真理のみ勝つ」(Satyam eva jayate.)ですが暴力=虚偽 は究極的に滅びるという確信を披瀝しています。

3.仏教


 仏教はブッダの教えであり、ブッダになる教え、道(仏道)です。ブッダとは目覚めた者という意味です。悪夢の中では幾らもがいても自由になれませんが、目覚めて始めて夢だったと判り、自由を得ることが出来ます。
 釈尊は世俗の常識に反して、「諸法の法(あらゆる現象の法則:Dharma of all dharmas.)」である「縁起」(因縁生起:直接的原因と間接条件、例えば籾と水等によって稲が生長するように、全てが因縁により生起する)という事に目覚め、独立、不変の「我(エゴ)」は無い(無我)と悟り、我見、我執、我慢などから自由になり、偏見から正見、邪道から正道をいきました。
 あらゆる過ちは「大小の過誤」(大小の取り違い)に纏めることが出来ますが時空無限の縁起世界の中から「我」を切り取り固定化する「囚われ」はボタンの掛け違いの始まりです。衣、食、住、地、水、気、日、月、遺伝子、言語などの因縁相依の命の大海を泡沫の心身に矮小化する錯誤が束縛、差別、搾取、殺戮(五禍)に因 縁相乗するのです。
 釈尊は今を予見するかのように「世界は燃え」(温暖化:眼、耳、・・・心が燃えるから)、「子肉を食らう」(「奪われし未来」)と言われました。

 釈尊が覚醒(無上の真実)、涅槃(究極の平和)を達成した時、執着に沈んだ世俗界に出る事を躊躇されたが梵天が「それでは世界が滅ぶ、世には泥水から出る蓮もあるように、そのような人もあるから、世に出て覚った法を伝えるように」と願われて成道後は常に一切と共にあり、友であったといわれます。釈尊は従侍のアーナンダが「友は人生の半分ですね。」と言ったのに対して、「友は人生の全部である。」といわれました。

 道元は「一切と共に非ずば目覚めた者の実践にあらず」とも「大乗にあらず。」とも述べています。悟り・涅槃は真実・平和に当たり、科学・宗教の精華と言えるでしょう。これは坐禅によって実現されますが、これは人間の観念、感情を去った(心身脱落)、禅の公案の「(庭前の)柏樹子」のように一切と共に真実・平安の世界であると言えるでしょう。

 樹木(tree)、真実(true)の語根はderu(永続)とされますが、法則(dharma:ありさま、ありかた)の語根(dhri:堅 固)がこれら共通の語根ではないかと考えています。宇宙と一体になって真実・平和を体現する樹のように坐る事が「真実・平和達成・実現の道」だと思います。

4.宗教


 人種、国境、性別、年齢などを超える世界の諸宗教は実はこの点で一致しています。即ち知(prognosis)・行(practice)に関して世界はDharma, Dao, Deus, Dyau, Yahwehなどの下の一体の「真実」世界の真理とMitra, Mitra, Mazda, Metteya, Milu, Miroku, Masiah, Messiahなど「共(友)」が将来の救い主: 成るべき理想像)(共和、平和:慈悲、愛情)であるという倫理を説いているのです。
 一切を包括する智・慈(=maitriは「友情」)こそは「我」、我社、我国、我宗などの錯誤を超えた(真理・倫理)自由、平等、博愛、平和(五福)の根本なのです。自由(free-dom: priya-dhaman: beloved domain: 親愛の領域 cf. philia: 友愛)とは共にあり、友となって始めて達成されるものなのです。

        (以上、魯参さん記)